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(無題)

 投稿者:toki  投稿日:2009年 3月 1日(日)17時51分42秒
   末尾が切れました。

 故橋本氏と渚氏の意見食い違いの理由について、この場をお借りしてずいぶん言葉を交わ
してきましたが、上記の過程で止まったままです。両者の意見食い違いの理由がどこにあっ
たのか、すでに他界された橋本氏に伝える術はありませんが、僕は橋本さんが最後まで主張
を曲げなかったことの正当性は、うやむやにしたくない。
 「民主主義の本質は少数意見の尊重にある」これは本質であるばかりか、憲法に規定され
た現実である。その点を渚氏に理解していただきたい。言いたいのはそれだけです。
 
 

(無題)

 投稿者:toki  投稿日:2009年 3月 1日(日)17時48分42秒
   知らないうちに元に戻っていたんですね。偶然、ある単語をGoogle検索していたら、この
掲示板に辿り着きました。で、ふと読むとおやおやという感想を持ちましたので、渚さん(
懐かしい名前ですね)からまだ頂けていないスレッドの答えを待つことに致します。

======================================

単に理想や道徳の話 投稿者:渚のバラード <HOME> ( 07/01/07 23:59:30 )

そのとおり。論理としては対立していないのです。別のことを言っているのだから。ところ
が問題は、橋本氏が「理想と現実」を峻別出来ない人だから始末が悪いのです。
「渚説」の発端は「民主主義の現実は多数決ですから」というフレーズでした。言わんとす
るところは、「客観的な妥当性や理想とは別な次元で、多数から支持されたものは存在し得
るし、採用される」という考えであり、これが「渚説」の「民主主義の本質は多数決」に繋
がっているのです。(「現実」と「本質」という言葉の違いだけで、「ズルイ」と言う「何
も分かっていない人」も居りますが)
これに対し、橋本氏は「民主主義の理想は少数意見の尊重である」と言い出したのですが、
御本人は「理想論」を持ち出してはいるものの、無意識かも知れないにせよ、実態的には「
本質論」になっているのです。
分かり易く言えば、「少数意見の尊重が理想だと思うが、現実は多数決で決まるんだよね」
という発言だったら噛み合うのに、「自分の支持する少数意見を重視せよ」と言い張るから
「何も分かってないね」という僕の発言が出てしまった訳です。

RE:単に理想や道徳の話 投稿者:toki ( 07/01/10 12:25:37 )

>言い張るから「何も分かってないね」という僕の発言が出てしまった訳です。
 今ごろになって泣き言を言うのなら、橋本さんにちゃんと謝って、和解したらどうですか
。男の子でしょ?

日本語の意味すら分からないアホだね。 投稿者:渚のバラード <HOME> ( 07/01/11
19:52:41 )

「泣き言」って言葉の意味知ってんの。「マス掻き猿」さんよ。
これは事態の推移を書いただけで、謝る理由も、和解も、全く論外です。

re:日本語の意味すら分からないアホだね。 投稿者:toki ( 07/01/12 22:22:14 )

>これは事態の推移を書いただけで、
 ん? 渚さんが真面目に主張してるのだとすれば、《「渚説」の発端は「民主主義の
現実は多数決ですから」というフレーズでした。言わんとするところは、「客観的な妥
当性や理想とは別な次元で、多数から支持されたものは存在し得るし、採用される」と
いう考えであり、これが「渚説」の「民主主義の本質は多数決」に繋がっているのです。
(「現実」と「本質」という言葉の違いだけで、「ズルイ」と言う「何も分かっていな
い人」も居りますが)これに対し、橋本氏は「民主主義の理想は少数意見の尊重である」
と言い出したのですが、御本人は「理想論」を持ち出してはいるものの、無意識かも知れ
ないにせよ、実態的には「本質論」になっているのです。分かり易く言えば、「少数意見
の尊重が理想だと思うが、現実は多数決で決まるんだよね」という発言だったら噛み合う
のに、「自分の支持する少数意見を重視せよ」と言い張るから「何も分かってないね」と
いう僕の発言が出てしまった訳です。》
 という文章を読むと、どうやら「少数意見の尊重が理想だ」と書かれたなら、渚さんは
合意できるが、「少数意見の尊重が本質だ」と書かれると、拒否反応を示すようですね。
二つの文章で異なるのは、「理想」と「本質」ですがどれほどの違いがあるか、大辞林から
意味を拾ってみました。

 (1)本質:①物事の根本的な性質・要素。そのものの、本来の姿。「―に迫る」「―を
見きわめる」②哲学で、存在するものの基底・本性をなすもの。偶有性に対立し、事物に内
属する不変の性質。実存に対立し、そのもののなんであるかを規定し、その本性を構成する
もの。
 (2)理想:①人が心に描き求め続ける、それ以上望むところのない完全なもの。そうあ
ってほしいと思う最高の状態。⇔現実。②理性によって考えうる最も完全な状態。また、実
現したいと願う最善の目標あるいは状態。

 「理想」は「現実」に対義しますが、「本質」は、もちろん両者と並存します。さて、僕
は「少数意見の尊重が本質だ」に正当性を与えねばなりませんが、日本が民主主義国家だと
すれば、これは割に簡単です。
 何故なら、憲法の13条に「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追
求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、
最大の尊重を必要とする。」と書かれているからです。つまり、「たった一人の意見」であ
っても、日本では法律でそれを尊重するように定められている。だから、「少数意見の尊重
」は少なくとも日本においては本質なのです。ま、こんな事は、読者の前で改めて書くよう
な事じゃないけど。 渚さん、日本人?

=======================================

 故橋本氏と渚氏の意見食い違いの理由について、この場をお借りしてずいぶん言葉を交わ

してきましたが、上記の過程で止まったままです。両者の意見食い違いの理由がどこにあっ

たのか、すでに他界された橋本氏に伝える術はありませんが、僕は橋
 

平和呆け

 投稿者:渚のバラードメール  投稿日:2007年 1月15日(月)21時57分40秒
  >「戦後、日本は武力を行使せずに平和を守ってきた」

こういう奴等は完全に平和呆けであると同時に、北朝鮮を批判したり、拉致問題を非難したりは絶対にしないのです。困った人たちです。まあ、段々自然消滅されるでしょうが。

http://plaza.rakuten.co.jp/withmyson/

 

「尊い平和」の背後にあるもの

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月13日(土)16時51分36秒
  出張が続いたりして、ご無沙汰していました。すみません。

> 息子にとっても、色々と考える機会になったようです。詳しくは拙ブログを御覧下さい。

拝読しました。

> 息子:無駄だと分かっていても、頑張るしかないってことかな。
> 僕:そう言ってしまうと悲しいが、まあ、そんなところかな。「無駄死に」ではないんだ、という意味を必死に求めていたんだね。逃げ出したくても、それは許されない。だから、「祖国を守る」という一念で、皆さん散って行かれたんだと思うよ。こんなことが二度とあってはならないが、亡くなられた方々の犠牲の上に、今の平和があるってことを分かって欲しいな。

同感です。

「無駄死に」だったかどうかは、まさにいまを生きる我々日本人に、かかっていると思います。高橋哲哉氏のような知識人たちは、このような戦死者を、「悪い政治の犠牲者」として位置づけ、宗教色を除いた平和祈念施設で、他国民犠牲者といっしょに追悼すべきだと言っています。このような方法は、まさに「無駄死に」扱いする思想だと、私は思っています。(祖国を守るために必死に戦って命を捧げた彼らは、「かわいそうな犠牲者」と呼ばれることを、こころよく思わないでしょう。)

> 息子:そうだね。でも、軍隊って何のためにあるの?
> 僕:それはね、個人と警察みたいなものなんだ。残念ながら、世の中には悪い人がいるから、善良な市民を犯罪から守るには警察という組織が必要なんだよ。同じように、世界には北朝鮮のような拉致や核兵器を持とうとする国が存在するから、国と国の関係でも武力で対抗出来ないと、国の安全は守れないんだ。

世の中の護憲派平和主義者は、このことが、まったく理解できないんですよね。日本国憲法にも、「平和を愛する諸国民の公正と信義」を、手放しで「信頼」すると書いてある。国際的な平和と秩序の維持力としての「国際協調的警察権力」の必要性が、ちっともわかっていない。「子供や孫を戦場に送るな」の一辺倒です。日本が、在日米軍に守られていることも忘れて、「戦後、日本は武力を行使せずに平和を守ってきた」なんていってますし。(中国やソ連が日本を共産圏に取り込みたくても手が出せなかったのは、在日米軍のおかげなのに。)

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/mori0309/

 

息子と観た「硫黄島からの手紙」

 投稿者:渚のバラードメール  投稿日:2007年 1月 7日(日)22時55分17秒
  正月3日に観て来ました。僕はこの映画、戦争の悲惨さと空しさを訴えると同時に、「組織人としての生き方」を問題提起していると思っています。息子にとっても、色々と考える機会になったようです。詳しくは拙ブログを御覧下さい。

「知の盛」には早速足を踏み入れてみます。

http://plaza.rakuten.co.jp/withmyson/

 

自由談話室

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月 6日(土)11時04分51秒
  渚のバラードさん、新年おめでとうございます。

「民主主義とは何か?」の議論スレッドは、「知の森」にも立てました。
http://bbs1.kze.ne.jp/forest/
(こちらのほうが、参加者が多く期待できますので。ただツリー形式表示なので、発言の順序が見えにくいですが。)

「知の森」では、橋本説、渚説、どちらが正しいか、とういう観点だけでなく、より自由な観点から、民主主義を考えたいと、思いました。

「mori夫の談話室」は、文字どおり、なんでもありの自由談話室(対話室)として、やっていきたいと思います。

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/mori0309/

 

新年おめでとう御座います。

 投稿者:渚のバラードメール  投稿日:2007年 1月 5日(金)02時40分42秒
  mori夫さんへ

今晩(1/4)名古屋に戻りました。今年も宜しくお願いします。「マスターべイション愛好家」との議論など、徒労以外の何物でもありませんから、止めましょう。こういう人は「自家発電」でエネルギーを消耗するだけの、非生産的な人物です。「八方美人」はかなぐり捨てた方が良いですよ。分からない奴に幾ら道理を説いたって分からないんですから。

http://plaza.rakuten.co.jp/withmyson/

 

退散

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月 4日(木)14時39分15秒
  はっきり言って、tokiさんのお相手をするのは、疲れます。
もうこのテーマに関するtokiさんとの、この場での対話は、やめます。
あしからず。

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/

 

re:民主主義に多数決は必須

 投稿者:toki  投稿日:2007年 1月 4日(木)14時05分29秒
  >そうでないとおっしゃるなら、tokiさんの文章表現スタイルに、深く疑問を感じます。

 僕の本意からすれば、「ズルイ」というのは単なるmoriさんの感想だという事です。ズルイという表現を最初に使ったのはmoriさんご自身でしょう。それは、何を隠そうmoriさん自身の中で、そのように渚さんの投稿を評価したからでは、ないのですか?
 僕が指摘しているのは「投稿を重ねる内に、明らかに論旨がずれていっている」という事実です。僕が間違っているなら、その間違いを指摘してくだされば良い。ただ、話し言葉ならいざ知らず、文字は日付を追って読めるのですから、(本人が何を考え、どのように認識しているか)とは別の次元で、読者は文言がどのように変わっているかを指摘できます。だから、指摘したのです。
 その事実と、本心で思っている事とが異なるなら、「あの時は、ああ書いたけど、今よく考えたら、あれは違う」とか、「表現はああだけど、本心はこうだった」等の意思表示をされれば、僕にだって伝わります。僕には、どう読んでも渚さんは「民主主義の現実は多数決だ」と仰っていたようにしか読めません。文字をコピー&ペーストしても、そのようにしかなりません。

>ディベートではないが、ディベートに近い論議をしているのではないでしょうか? 相手の意見に反論すれば、必然的にディベートになっていきます。

 ディベートにしたいなら、投稿は必ず反対意見を書くようにルール設定すべきです。何に賛成し、何に反対するかの自由が書き手に与えられている以上、賛成・反対両方の意思表示を使ってコミュニケーションを取るのが普通じゃないのですかね。

>(いかんなあ、エスカレートしちゃうなあ。お互い、冷静にいきましょうね。(笑))

 盛り上がってるのは、moriさんだけです。
 

橋本説の問題点(追加)

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月 4日(木)12時38分39秒
  「ズバリ橋本説」に追加します。

・教養や論理力のある賢者の意見(少数意見)が採用される政治制度を、民主主義というのだ。(なぜなら賢者は、民衆が社会の主人であるとし、民衆全体の幸福をつねに考えるから。)

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/

 

橋本説の問題点

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月 4日(木)12時29分49秒
  > ただし、橋本板での議論は、現実論と本質論とが「同じ」か「かなり近い」かという、間の差異を話し合っていたんじゃないのかな? と思います。「かなり近い」という表現には「けれど、同じじゃない」という言葉が隠れているでしょう。渚さん自身、それを認めている。その違いに当たるのが、まさに橋本さんの仰っていた本質論の部分を認めるが故に、「かなり近い」という評価になっていたんじゃないかと想像します。(tokiさん)

> そもそも現実論と本質論は、文言が指し示す通り「同じ」役割を持ってなどいない。さらに、どちらか一方があれば、もう一方は不要だという代物でもない。まんじゅうとケーキの話しで、これも早い時期に投稿しましたが、民主主義においては、「選ぶ事ができない二者」を多数決で選んではならん(そのような多数決は行うべきじゃない)のです。もしも多数決にかけるとしたら、僕が投稿したように、二つの文言の持つ役割を並列評価し、優劣を述べ、「選ぶ事ができないふたつの単語ではなく、ひとつの文章にまとめて(選べる形にして)」から、その文章の賛否を問うしかないのです。繰り返しますが、これが、橋本さんの言わんとする事だと思いますし、僕の意見でもあります。(tokiさん)

私は橋本説と渚説は、「同じ「民主主義」の本質を別の角度から表現したもの」ではないと考えます。

橋本説は、ズバリ言うと、こういうことだと思うのです。

・民衆の多数は愚かだ。
・国民投票は少数者の人権を蹂躙する全体主義を招く。
・愚者は教育によって教養や論理力を高めないかぎり政治に参加させないほうがいい。
・有権者が皆、愚者のエゴを捨てて賢い人になれば、政策に関する意見は一致し、多数決などという野蛮な方法はとらなくて済むだろう。

私の意見は、「知の森」に書いた「私の意見」のとおりです。

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/

 

民主主義に多数決は必須

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月 4日(木)11時53分23秒
  tokiさんとは喧嘩をしたくないのですが、不本意な批判をされてしまっては、反論しないわけにはいかないです。お許しください。(笑)

私としちゃ発言に対して何もレスを返さないのは失礼だから、思ったことを率直に書いただけだったのです。

>> そもそもの話しの振り方が、現実第一主義だったから、理想論の反論が出てくるのが当然なのです。その論点を後でずらして、知らない振りをしているばかりか、反論には現実味が無いという批判を加え、自分はちゃっかり本質論に乗り換えるようなこの態度を、少なくともここでは書いておかねばならないと思います。(tokiさん)
> 「ズルイ」かどうかを僕は問いかけているのではなく、・・・論点をずらそうとするのですか?(tokiさん)

この 「知らない振りをしているばかりか、ちゃっかり本質論に乗り換えるようなこの態度」 に対して何を言いたかったのですか? なぜ 「書いておかねばならない」 と書いたのですか?
私は、単に、tokiさんが 「渚さんはズルくて不誠実な人だ」 と言いたいためにこの文章を書いたと思いました。そうでないとおっしゃるなら、tokiさんの文章表現スタイルに、深く疑問を感じます。

> moriさんにせよ、渚さんにせよ、「我々は投稿を通じてディベートをしている」という奇妙な思い込みがあるんじゃないですかね?

ディベートではないが、ディベートに近い論議をしているのではないでしょうか? 相手の意見に反論すれば、必然的にディベートになっていきます。

> 途中で、投稿をやめてしまった人の各論のみを取り上げて、あたかもその人物の総論として批評するのは、間違いだと思います。

橋本さんには、この掲示板で議論していることを、ご連絡しています。来たければ来るでしょう。それに私は、橋本さんの意見を批判しているのであって、橋本さんの人格を攻撃しているのでは、ありません。それに私が要約した橋本説は、橋本説の「各論」ではありません。

> 例えば、「人間として認められるのは大和族かアイヌ族か?」というような多数決が、現実に行われた場合、現実論からすれば大和族が勝つでしょう。けれどmoriさんには悪いが、こんな多数決は本質的に民主主義政治ではないです。

そんな採択など、絶対に行われないでしょう。人間には常識というものがあります。非常識なものが多数派になることは無い。民主主義に多数決は必須です。

(いかんなあ、エスカレートしちゃうなあ。お互い、冷静にいきましょうね。(笑))

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/

 

re:tokiさんへ

 投稿者:toki  投稿日:2007年 1月 4日(木)11時19分56秒
  >> そもそもの話しの振り方が、現実第一主義だったから、理想論の反論が出てくるのが当然なのです。その論点を後でずらして、知らない振りをしているばかりか、反論には現実味が無いという批判を加え、自分はちゃっかり本質論に乗り換えるようなこの態度を、少なくともここでは書いておかねばならないと思います。(tokiさん)
> この批判も、私は当たっていないと思います。(mori夫)

そう思う理由を、ちゃんと書かないといけないですよね。すみません。

 >「現実」を「本質」と言い換えたことを、私は「ズルイ」とは思いません。「現実を正確に把握する」ことと、「本質を見抜く」ことは、かなり同じことだと、私は認識していますので。(まったく同じとは言いませんが。)

 「ズルイ」かどうかを僕は問いかけているのではなく、そもそもの投稿の始まりは、橋本さんと渚さん双方の議論がどこでずれちゃったのかな? という点から書いているんです。論点をずらそうとするのですか? 或いは、ログをちゃんと読み直してみてください。僕はその観点からずっと投稿を続けてきたつもりですし、そのヒントになるのが「民主主義の本質は多数決である」という渚さんのお説にあると思っていました。むしろ、渚さんには好意的に書いていると思います。嘘だと思うなら、12/25の僕の投稿を見てください。

 『「本当の独裁者」などという表現を使わなくとも、民主制という制度のもとで生まれたヒトラーは、本当に独裁者だと思います。これは僕の意見ではなく、後世の一貫した評価だと思う。「民主主義の現実は多数決」であり、これは民主制を掲げる政治体制下では、現実的に有効な物事決定の方法において、議論による合意形成もあるが、多数決がベストである事を意味している。しかし、理念としては合理的で最善である民主制も、施政面で多数決を悪用する独裁者が選ばれると、たちまち衆愚政治に近しい様相を呈する場合がある。だからといって、施政面で合意形成を多用すれば、寡頭政治に近しい様相を見せ始める。民主主義の本質が、主権者である人民の基本的人権の擁護にある以上、主権者は、自らに与えられる参政権の意味をよく考え、施政面で起用する統治者を吟味して選ばねばならない。統治者もまた、民主主義の本質を忘れず、現実に流されない施政を取る事が重要である。渚さんのお説は、おおむねこんな感じじゃないかと思いますが、何か間違いがあるでしょうかね。』

 このように、渚さんの意見を総括してみたのですが、これに対する同意は未だに得られていない。そればかりか、枝葉末節の単語を連ねて、一貫性であるとか、正当性、正義、人の道など、そういったスタンスを守ろうとばかりされるから、不本意ながら僕が攻撃者になってしまうんです。
 総論として、どちらの意見を選ぶか? とか、どっちが優位か? とか、そういう競馬の下馬評なんぞは、基本的にどうでも良いのです。moriさんにせよ、渚さんにせよ、「我々は投稿を通じてディベートをしている」という奇妙な思い込みがあるんじゃないですかね? だから、一貫性が必要だとか、「ズルイとは思いません」とか、まるでラットレースに参加しているかのような意見が出るのです。

 さて、moriさんからは、『「現実を正確に把握する」ことと、「本質を見抜く」ことは、かなり同じことだ』という理由で、僕の評価が当たっていないという意見を頂きましたが、この文言のみを取り上げれば、「かなり近い」という点で僕は賛成いたします。
 ただし、橋本板での議論は、現実論と本質論とが「同じ」か「かなり近い」かという、間の差異を話し合っていたんじゃないのかな? と思います。「かなり近い」という表現には「けれど、同じじゃない」という言葉が隠れているでしょう。渚さん自身、それを認めている。その違いに当たるのが、まさに橋本さんの仰っていた本質論の部分を認めるが故に、「かなり近い」という評価になっていたんじゃないかと想像します。
 そもそも現実論と本質論は、文言が指し示す通り「同じ」役割を持ってなどいない。さらに、どちらか一方があれば、もう一方は不要だという代物でもない。まんじゅうとケーキの話しで、これも早い時期に投稿しましたが、民主主義においては、「選ぶ事ができない二者」を多数決で選んではならん(そのような多数決は行うべきじゃない)のです。もしも多数決にかけるとしたら、僕が投稿したように、二つの文言の持つ役割を並列評価し、優劣を述べ、「選ぶ事ができないふたつの単語ではなく、ひとつの文章にまとめて(選べる形にして)」から、その文章の賛否を問うしかないのです。繰り返しますが、これが、橋本さんの言わんとする事だと思いますし、僕の意見でもあります。

>そしてこれは、「全員が教養と論理力を、あるレベル以上までに高めれば、政策に関する全員の意見は一致するのだ」という橋本さんの意見とは、根本的に相容れないものです。橋本さんの説は、一種のエリート主導政治であって、民主主義政治ではない。

 途中で、投稿をやめてしまった人の各論のみを取り上げて、あたかもその人物の総論として批評するのは、間違いだと思います。発言できないような議場での沈黙は、現実的な採決の場では役に立たなくとも、決して民主主義の本質には反しない。この事実を現代の僕らは認めているから、議場では威力的な発言の阻止を防ごうとするし、発言者の尊厳を守ろうとするのです。
 例えば、「人間として認められるのは大和族かアイヌ族か?」というような多数決が、現実に行われた場合、現実論からすれば大和族が勝つでしょう。けれどmoriさんには悪いが、こんな多数決は本質的に民主主義政治ではないです。そして、現実の国会運営で多数決がどのように起用されるかを、少しでも聞きかじっていれば、僕の言っている事に心当たりがあるだろうと思います。
 

渚のバラードさんへ

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月 2日(火)17時47分14秒
  民主主義論争を、「知の森」でもやっています。
もしよろしければ、こちらにも、おいでください。
(あちこちにスレッドを立てて、すみません。)
http://bbs1.kze.ne.jp/forest/

「知の森」にしか来ない人も、何人かいるので。

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/mori0309/

 

tokiさんへ(2)

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月 2日(火)17時44分12秒
  >> そもそもの話しの振り方が、現実第一主義だったから、理想論の反論が出てくるのが当然なのです。その論点を後でずらして、知らない振りをしているばかりか、反論には現実味が無いという批判を加え、自分はちゃっかり本質論に乗り換えるようなこの態度を、少なくともここでは書いておかねばならないと思います。(tokiさん)
> この批判も、私は当たっていないと思います。(mori夫)

そう思う理由を、ちゃんと書かないといけないですよね。すみません。

「現実」を「本質」と言い換えたことを、私は「ズルイ」とは思いません。「現実を正確に把握する」ことと、「本質を見抜く」ことは、かなり同じことだと、私は認識していますので。(まったく同じとは言いませんが。)

民主主義の本質は、全員の意見が一致することは困難であるとの認識を踏まえて、全員に同じ発言権と投票権を与えて、議論のすえ、多数決で決着(意思決定)させようとすることです。これは現実論でもある。意思決定方法を含まない思想は、政治思想と言えないです。

そしてこれは、「全員が教養と論理力を、あるレベル以上までに高めれば、政策に関する全員の意見は一致するのだ」という橋本さんの意見とは、根本的に相容れないものです。橋本さんの説は、一種のエリート主導政治であって、民主主義政治ではない。

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/mori0309/

 

tokiさんへ

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月 1日(月)17時27分58秒
  > ところが、この掲示板へやって来られた時の渚さんは、自分のお説を「民主主義の本質は多数決である」と巧妙に言い換え、さらに橋本さんの意見には現実的な採決の話しが抜けているのを批判したのです。この批判にはmoriさんも同調されていたでしょう。(tokiさん)

そうです。いまも同調しています。渚さんは、「巧妙な言い換え」は、していません。論旨はつねに一貫していると、私は思います。

> そもそもの話しの振り方が、現実第一主義だったから、理想論の反論が出てくるのが当然なのです。その論点を後でずらして、知らない振りをしているばかりか、反論には現実味が無いという批判を加え、自分はちゃっかり本質論に乗り換えるようなこの態度を、少なくともここでは書いておかねばならないと思います。(tokiさん)

この批判も、私は当たっていないと思います。

ただし渚さんは、不用意に相手を刺激することが、少なくないと思います。これによって感情的対立が起こってしまうのは、私としては、渚さんに、避けていただきたいです。

tokiさんも、最初は渚さんを攻撃するために、投稿していたわけでは、無かったわけですから。純粋に議論のテーマに対する興味からだったわけですから。

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/mori0309/

 

渚のバラードさん、tokiさん

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2007年 1月 1日(月)17時18分45秒
  年末年始は多忙だったので、コメントせずに失礼しました。

「民主主義」、「独裁者」、「君主」の意味については、基本的に渚のバラードさんの発言に、賛同します。小泉さんは独裁者ではないし、金正日は君主ではないと、私も考えます。ただし、数学や自然科学と違って、政治や社会の言葉や用語については、厳密な意味の定義は、不可能(存在しない)ですから、tokiさんの考えも、間違っていると決め付けることはできないと思います。(政治や社会の用語の意味は、解釈が妥当かどうかしか語れません。そしてそれは論者の多数決によってしか、決まらないだろうと思います。)

またネット空間における「潔さ」に関する議論でも、私は渚のバラードさんの意見に、賛同します。他者や社会を攻撃する文章を発表する以上、それに対する反論を受け付ける道義的義務があると、私は思っています。(もちろん、受け付けなくたって、いっこうにかまいません。しかしそれは、潔くない。そういう人物を私は軽蔑します。ただそれだけの話です。)

> HPやブログを開いても、掲示板を自由に書き込みできる形で公開しなければ、審判や観客は存在し得ないのです。(渚のバラードさん)

この考えに、私も同意見です。

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/mori0309/

 

見てます。

 投稿者:mori夫メール  投稿日:2006年12月27日(水)16時42分50秒
  ここのところ夜の宴会が続いていて、今日もあります。
渚さんもtokiさんも、ネットで知り合った大切な友人であると、勝手に、思っております。
なので、どう感想を書こうか、迷っています。
優柔不断な八方美人なので。(笑)

お二人の発言をよく読んで、時間のあるときに、投稿させていただきます。
(年末は、家の大掃除の手伝いも、しなくてはならないので。(笑))

http://mori0309.blog.ocn.ne.jp/

 

re:RE:re:その1

 投稿者:toki  投稿日:2006年12月27日(水)09時22分36秒
  >このような言い回しは、民主主義云々以前に、取り込み詐欺とか契約詐欺に顕著な手口の好例ですね。彼がこの手の語りを常習してきた事を、僕はよく知っているので、あえてここで取り上げてみました。そして、一見しただけだと筋道が通っているように見える投稿が、何故、他の板で反発が多かったかの理由は、まさにこのような詐欺的言い回しに原因があったのではないかと思います。

>反発は別の次元の話です。別の人の御意見を待ちましょう。

 さて、この掲示板において二週間ほど前に『「多数決≒民主主義」では勿論ありませんが、「民主主義の本質は多数決である」という僕の意見に対し、橋本氏が「少数意見の尊重」を言い出し、他に意見が出なかったので二者択一になった経緯があります。奇妙と言えば確かに奇妙です。貴兄の御意見もお聞きしたいですね。(渚のバラード  投稿日:12月12日(火))』

 というやり取りから、始まった一連の投稿ですが、そろそろ結論を出しても良いのではないかと思います。再び、moriさんのログを参考にさせていただく事になります。

---『最後に補足しますが、民主主義の現実は多数決です。結果が全てです。これに対して泣き言を言ってもはじまらないのです。(渚のバラード  投稿日:11月20日(月))』

---『とはいえ、最終的には多数決で決まります。』(渚のバラード  投稿日:11月21日(火))

 このように始まった橋本さんの掲示板のやり取りは、

---『橋本さんはジョン・スチュアート・ミルを引き合いに出され、「『少数意見の尊重』こそが民主主義の原点だ」と述べておりますが、それは議論する過程における基本的ルールに過ぎず、それは政治的次元以前にマナーの問題でもあります。現実的な次元において、「民主主義=多数決」であり、少数派が多数派を牛耳るような社会は独裁制であり、不健全で恐ろしい社会です。(渚のバラード  投稿日:11月20日(月))』

---『<橋本さん、あなた何も分かってないね>こういう高飛車なものいいはやめていただけませんか。(橋本裕  投稿日:11月23日(木))』

 と、僅か二日間でこのようになっていきます。民主主義の「現実」を論点に置いていた渚さんの意見に対し、民主主義は(現実ではなく)理念、理想が大事なのだよというのが橋本さんの意見の主旨です。読者の皆さんは、民主主義は現実だと言い切る意見があったとしたら、どのように反論するでしょうか。多くの方が、橋本さんのように理念・理想を掲げて意見を述べるのではないでしょうか。

 ところが、この掲示板へやって来られた時の渚さんは、自分のお説を「民主主義の本質は多数決である」と巧妙に言い換え、さらに橋本さんの意見には現実的な採決の話しが抜けているのを批判したのです。この批判にはmoriさんも同調されていたでしょう。
 そもそもの話しの振り方が、現実第一主義だったから、理想論の反論が出てくるのが当然なのです。その論点を後でずらして、知らない振りをしているばかりか、反論には現実味が無いという批判を加え、自分はちゃっかり本質論に乗り換えるようなこの態度を、少なくともここでは書いておかねばならないと思います。
 渚さんは「あなた何も分かってないね」を掲示板閉鎖の理由にされていますが、話しをすりかえてゆく詐欺まがいの主張が、そもそも意見の乖離を生んだ事を彼は「分かってない」と思います。
 

RE:用語の整理

 投稿者:渚のバラードメール  投稿日:2006年12月26日(火)22時11分21秒
  独り自分の世界で、マスターべイションをシコシコおやんなさい。そんなキモイ行為にお付き合いは御免被ります。「どうしても」と言うなら、ポケットティッシュの一つも差し上げます。

http://plaza.rakuten.co.jp/withmyson/

 

re:RE:re:RE:re:日本語のセンス

 投稿者:toki  投稿日:2006年12月26日(火)21時54分38秒
  >繰り返しになりますが、君は「異例のこと」を「当たり前のこと」と誤解しているから、全く頓珍漢な発言を繰り返すのです。

 僕は「異例のこと」とも「当たり前のこと」とも意思の表示をしてません。どちらも、渚さんが勝手に断定して作った表現で、一人で勝手に憤っているだけの事でしょう。

>勿論、読んでくれる人はいるでしょうが、メルアドすら非公開だったら完全に一方通行です。

 自己表現は、それが普通の状態でしょう。

>日本にはHPが800万サイトあるそうですが、超人気サイト以外はせいぜい「数100ヒット/日」であり、リピーターが半分以上でしょうから新客は然程多くはありません。しかも、肌が合わなければ再訪はあり得ませんから、結局好意的な読者が大半になります。そのような現実を踏まえれば、「公空間」と雖も批判的なコメントが「加えられる」ことは相対的に少ない筈です。余程エキセントリックでセンセイショナルなことを書けば別ですが、普通は「書いて終り」です。

 「書いて終わり」なのは、書き手に読み手の好奇心をくすぐるような内容が無いからでしょう?
それなりの記事を載せれば、普段読んでいる人以外にも、検索をかけてきた割に多くの方から声を聞くケースが多い。むしろ、掲示板の記事の方が検索ロボットにかかり難いから、限定された読者しか見ない。ある程度、限定された読者の中で意見が交わせるのが掲示板の良いところでしょう。 広く意見を求めるなら、普通のサイトでリンクを貼って記事を載せるのが一番です。政治家の方や、中小企業だと、まじめに書いた意見ならまず返信が返ってくる。橋本さんじゃないけど、新聞の投稿欄へ出すのも比較的採用されるケースが高い。分からないなぁ。
 要するに、渚さんは自分のブログにコメントが欲しいんですかね?
 

用語の整理

 投稿者:toki  投稿日:2006年12月26日(火)21時16分45秒
   混乱した用語が頻出していますから、読者の皆さんのためにウィキペディアを参考にして、少し用語の整理をしておきましょう。まず、渚さんが引用された北朝鮮の統治者についてですが、君主か、独裁者かという点について。
 君主と独裁者の違いとして慣習的に使われているのは、(どちらも悪しき首長であるのが前提ですが)君主が世襲や軍事力で地位につくのに対し、独裁者が選挙か委任でその地位につくという点で区別をするそうです。ですから、ヒトラーは独裁者であり、金は君主となります。

 次に、民主制は君主制に対して対義的に用いられます。では、独裁制はどこから出てきた呼称なのかというと、(ここからは、政治の話しに限定されます)まず、独裁者は選挙か委任で選ばれた人でなければなりません。ですから政党制が導入されている場合、独裁者は必ずどこかの政党に入っています(或いは党の後ろ盾があります)。
 ここで、政党制について見てみましょう。まず、一党制と複数政党制(党が二つ以上)があります。さて、一党制は独裁制でしょうか? 答えは、違います。何故なら一党制は、合法政党がひとつしかない事を法律で規定して、初めて一党制と呼ばれるからです(立憲優位)。ですから、独裁制は一党制からは生まれる事ができず、必ず複数政党制から生まれます。他の国の政治システムを呼称する時に気をつけるべき、これは重要な事です。
 ここで、中国の事例(中国は一党制だと思われている節があるので)を出してみます。中国は、共産党の他に、民主諸党派が八つある複数政党制を取っています。全部で九つの政党がある中で、最大派閥が共産党です。或いは日本のように長年与党がほとんど変わらず、政策にも野党の意見が反映され難い政治は、どう区別して呼ばれるのでしょうか。しばらく前までは区別せずに、これらを複数政党制の中でも特に、同じ一党優位政党制と呼んでいました。
 これが80年代後半になって、中国の政治システムを研究したイタリアの学者のおかげで、一党優位政党制の中でも野党が与党の衛星政党である場合を指して、一党主導権政党制と呼ぶ事で区別されました。制度面で、日本は一党優位政党制を布いている訳ではないのですが、実際に行われている日本の政党政治は、一党優位政党制と評価されています。そして、このような複数政党制の分類の中で、一党主導権政党制の次に、一党独裁制(俗に言う独裁制)はあります。
 では、一党主導権政党制を含む一党優位政党制と一党独裁制は、どのように違うでしょうか。それが選挙において、その「優位」を占める政党が変わり得るか否かだと言われています。変わらない場合に、初めて独裁制と呼ばれます。中国はかなり独裁色が強いが、まだ一党独裁制には至っていない感じのようです。
 この「優位」を占める政党が変わり得るか否かという違いは、とても重要な事ですが、一党制を始めとする他の政党制(複数政党制では、優位政党を持たない連立政党制や二大政党制などがあります)に比べると、かなり独裁制に近い位置に分類されている点を注意する必要があります。これら、政党制による様々な政治システムの分類は、民主制⇔君主制で分類した政治とはいずれも並存していますから、異なるカテゴリーの対立概念を比較して何かが言える訳ではありません。

 さて、ヒトラーの話題で誰も指摘してくれないので、正確性を期すために書きますが、君主制⇔民主制という対立概念とは別に、君主制⇔共和制という対立概念があります(民主制≠共和制)。投稿文の中で、僕は敢えて共和制を寡頭制と書きましたが、投稿を通じて一貫して二項対比の口調でしたから、誤解が生じたかもしれません。「何、言ってるの、共和制だよ」と素っ頓狂な意見が出る前に、少し補足説明いたします。
 そして、ナチス政権の議論では、本来こちらの議論が重要だと僕は思います。現在、それぞれの国が公式に発表している国の政体で一番多いのが、立憲君主制です。日本は態度を決めかねているようですが、立憲君主制に分類されるようです。そして二番目が共和制、他は連邦制とか議会制民主主義とかがありますが、数はそれほど多くない。
 過半数以上の国で、君主か若しくは大統領といった元首がいて、その元に民主制を布いているようですね。元首の役割として大きなものに、首相の任命権がありますが、強権を発動して議会決定に逆らう元首は、現在では稀なようです。共和制と君主制の違いは、首長を世襲で決めるか、選挙で決めるかという事ですが(もう一度、独裁者の定義を思い出してください)、当時のドイツはワイマール「共和国」と呼ばれるように、共和制を布いています。ですから、政体としては共和制、その下で議会制民主主義を展開していました。
 投稿文では、この関係を指して、「民主制」と呼んでいるのです。
 

RE:re:その2

 投稿者:渚のバラードメール  投稿日:2006年12月26日(火)21時12分46秒
  >>評価ではなく「事実」であり、世界的に公認された歴史認識です。支離滅裂な男(これもmori夫さん公認ですが)が一人、「天動説」を唱えて顰蹙を買っているに過ぎません。

>次々と勝手な解釈で用語を作っていく前に、繰り返し申し上げておくと、現実のナチスが独裁的な政治を行っていたという評価は、後世すでに一致しているのです。しかし、過ぎ去ってしまった時代がどのような時代だったかという事実を、後世いくら断定してみても、決して変えることなどできないのです。ま、ボキャブラリーに「思う」という表現方法を持っていない人には、説明のしようが無い事ですけど。

君について「説明のしようが無い」と感じている人は僕だけではありません。(断定します)

「過ぎ去ってしまった時代がどのような時代だったかという事実」を君は誤認しているのですから、皆が「君の認識は間違いだよ」と指摘しているのです。

>過ぎ去ってしまった時代がどのような時代だったかという事実を、後世いくら断定してみても、決して変えることなどできないのです。

そのとおり。そっくり君に当て嵌まります。

http://plaza.rakuten.co.jp/withmyson/

 

RE:re:RE:re:日本語のセンス

 投稿者:渚のバラードメール  投稿日:2006年12月26日(火)21時08分18秒
  >>書いた本人に加えずして、一体何の意味があるのでしょう。虚空に批判の言葉を放ったところで、誰も関心など示しませんよ。本人の主催するサイトの掲示板にコメントを述べることで、本人へのフィードバックが可能であり、他の読者にも問題提起が為され、賛否両論のコメントが寄せられて盛り上がるのです。

> 「盛り上がる」っていう事なら、橋本さんの話しで盛り上がっているこの板は、一体何なんでしょうね。盛り上がってませんかね?

盛り上がっているとは思いません。心ならずも、「支離滅裂なくせに声だけ大きい」男がいるために、フォローしているに過ぎません。mori夫さんも困っていることでしょう。他の人が書き難くなっていますから。

それから、先ず「橋本掲示板」があり、それが御本人の「一身上の理由で」一方通行になったことから、keizoさんが「ファン掲示板」を提供されましたが、僕の「何も分かってないね」発言が引き金となり、こちらも閉鎖されました。それを受けて、mori夫さんが「談話室」を提供してくれたのです。keizoさん、mori夫さんの御好意は異例のことであり、普通なら「橋本掲示板」がROM専用になった段階で、この集まりは雲散霧消していた筈です。君と僕が論戦することもあり得ませんでした。

「この板は、一体何なんでしょうね」と言う発言は、「何も分かっていない」明白な証拠です。異例のこととして別の人が「フォーラム」を用意してくれたからこそ、今があるのであって、さもなければ「虚空に批判の言葉を放つ」しかなく、それすら普通の人は先ずやらないでしょうね。(断定はしません)

付け加えますが、「橋本裕文学・人生World」に通常の掲示板があったからこそ、多彩な人達が集い、レベルの高い議論が続いていたのです。残念ながら、君とは毛色の違う「支離滅裂な40男」が現れて、ガセネタのベタ貼りと、無責任なデマゴーグを執拗に繰り返し始めて以来、何かが狂い始めましたが。

>>仮に、僕への批判を何処か別のところへ書いたって、

>渚さんは、批判してもらえるほどの関心を持たれるような人物じゃないですよ。

僕もそう思います。但し、「仮に」と断っておりますので、君の発言は筋違いです。また、君が引用から削った部分が重要なのであって、誰かが「虚空に批判の言葉を」放ったとしても僕には届かないでしょうから、書き手へのフィードバックは事実上不可能なのです。

>>公開の掲示板がなければ、審判も観客も存在し得ないじゃないですか。フェアプレイなんかやりたくたって出来ませんよ。君は自分の発言の矛盾点に気が付いていないのかな。

>渚さんがやりたいのは自己満足の発現でしょう? 橋本さんのサイトに板が無くたって、moriさんがちゃんとログを残し、準備してくれたこの場所には審判も観客もいる。

繰り返しになりますが、君は「異例のこと」を「当たり前のこと」と誤解しているから、全く頓珍漢な発言を繰り返すのです。HPやブログを開いても、掲示板を自由に書き込みできる形で公開しなければ、審判や観客は存在し得ないのです。勿論、読んでくれる人はいるでしょうが、メルアドすら非公開だったら完全に一方通行です。日本にはHPが800万サイトあるそうですが、超人気サイト以外はせいぜい「数100ヒット/日」であり、リピーターが半分以上でしょうから新客は然程多くはありません。しかも、肌が合わなければ再訪はあり得ませんから、結局好意的な読者が大半になります。そのような現実を踏まえれば、「公空間」と雖も批判的なコメントが「加えられる」ことは相対的に少ない筈です。余程エキセントリックでセンセイショナルなことを書けば別ですが、普通は「書いて終り」です。

>>僕は、例えばmori夫さんのような知性ある方々からは、君の論評とは全く反対の評価以外戴いておりません。従って、何処ぞのアホがクスクス笑おうが、堂々としております。

>結構な事だと思います。潔い。

そう、君も「潔く」生きて参りましょう。

http://plaza.rakuten.co.jp/withmyson/

 

RE:re:その1

 投稿者:渚のバラードメール  投稿日:2006年12月26日(火)20時20分26秒
  >分かってないようですから、もう一度、書いておきますと、「こんな国は民主国家ではありません」「統治者は民主的ではない」「そんな政治体制は民主制ではありません」と断じていた投稿者が、最後に「指導者は「民主的ではない」と言っているだけ」と言っている点です。

君の指摘は「文言の違い」に過ぎず、苦し紛れの「揚げ足」でしかありません。ヒトラーが独裁者であったことは厳然たる事実であり、その統治下のドイツは彼の指導方針を忠実に具現化していた訳で、民主的でない指導者(=統治者)の独裁国家は、民主国家でも、政治体制が民主制でもなかったのです。これを「意味が違う」と言うのなら、君は「何にも分かっていない人」です。今更言うまでもありませんが。

>このような言い回しは、民主主義云々以前に、取り込み詐欺とか契約詐欺に顕著な手口の好例ですね。彼がこの手の語りを常習してきた事を、僕はよく知っているので、あえてここで取り上げてみました。そして、一見しただけだと筋道が通っているように見える投稿が、何故、他の板で反発が多かったかの理由は、まさにこのような詐欺的言い回しに原因があったのではないかと思います。

反発は別の次元の話です。別の人の御意見を待ちましょう。

>彼の文章を好意的に読む読者は、最初の投稿に含まれる好意的な部分が、最後の投稿にも含まれていれば全体に辻褄の合った文章だと思い込んでしまうでしょうが、そうでない読者は、最初の投稿に含まれる好意的でない意見に対してまず、反論をします。

要するに、「初めに悪意ありき」なのでしょう。別に、支離滅裂な人に好意を持って貰おうとは端から望んでおりませんので。

>ところが、反論に正当性が見えてくると、反論の対象となった意見などあたかも自分には無かったかのように主張し始める。途中で意見を変える事は、特に悪い事ではないのですが、何しろ「思う」という表現方法をボキャブラリーに持たないために、渚さんにはそれが書けないのです。

僕は無骨な男ですから、君のように「最初から逃げを打つ」ような卑怯な作文は致しませんので。「反論の対象となった意見などあたかも自分には無かったかのように」主張したことは一度もありません。そんな器用な人間ではありませんから。

>断定以外に他の表現方法を知らないという点で、僕は渚さんを「乏しい表現能力」と評価しましたし、自ら過去ログをまとめた上で、自分の主張が首尾一貫していると仰ったのを指して、「論理的でない」と評価します。ま、僕は卑怯者かもしれないですが、この手の詐欺まがいの文章の方が余程卑怯な気がしますがね。これは、感想ですけど。

僕への評価は、他の人に待ちましょう。「断定以外に他の表現方法を知らない」ことはなく、"not sure"な場合は「思う」、「かも知れません」、「可能性があります」、「のような気がします」、etc.を使い分けています。まあ、確信を持って書くことが多いですから、断定調が多いのは事実ですが。

http://plaza.rakuten.co.jp/withmyson/

 

moriさんへ

 投稿者:toki  投稿日:2006年12月26日(火)12時55分58秒
   なんだか、渚さんは随所でmoriさんに助け舟を要求されている気がしますが、賛成派のmoriさんとしては、渚さんを助けるような投稿をしなくて良いのですか?  

re:RE:re:やはり、正気じゃないね。その2

 投稿者:toki  投稿日:2006年12月26日(火)12時33分26秒
  >評価ではなく「事実」であり、世界的に公認された歴史認識です。支離滅裂な男(これもmori夫さん公認ですが)が一人、「天動説」を唱えて顰蹙を買っているに過ぎません。

 次々と勝手な解釈で用語を作っていく前に、繰り返し申し上げておくと、現実のナチスが独裁的な政治を行っていたという評価は、後世すでに一致しているのです。しかし、過ぎ去ってしまった時代がどのような時代だったかという事実を、後世いくら断定してみても、決して変えることなどできないのです。ま、ボキャブラリーに「思う」という表現方法を持っていない人には、説明のしようが無い事ですけど。
 

re:RE:re:日本語のセンス

 投稿者:toki  投稿日:2006年12月26日(火)12時32分23秒
  >書いた本人に加えずして、一体何の意味があるのでしょう。虚空に批判の言葉を放ったところで、誰も関心など示しませんよ。本人の主催するサイトの掲示板にコメントを述べることで、本人へのフィードバックが可能であり、他の読者にも問題提起が為され、賛否両論のコメントが寄せられて盛り上がるのです。

 「盛り上がる」っていう事なら、橋本さんの話しで盛り上がっているこの板は、一体何なんでしょうね。盛り上がってませんかね?

>仮に、僕への批判を何処か別のところへ書いたって、

 渚さんは、批判してもらえるほどの関心を持たれるような人物じゃないですよ。

>公開の掲示板がなければ、審判も観客も存在し得ないじゃないですか。フェアプレイなんかやりたくたって出来ませんよ。君は自分の発言の矛盾点に気が付いていないのかな。

 渚さんがやりたいのは自己満足の発現でしょう? 橋本さんのサイトに板が無くたって、moriさんがちゃんとログを残し、準備してくれたこの場所には審判も観客もいる。

>僕は、例えばmori夫さんのような知性ある方々からは、君の論評とは全く反対の評価以外戴いておりません。従って、何処ぞのアホがクスクス笑おうが、堂々としております。

 結構な事だと思います。潔い。
 

re:RE:re:やはり、正気じゃないね。その1

 投稿者:toki  投稿日:2006年12月26日(火)12時31分19秒
  >最初と最後で、僕の主張は首尾一貫しています。

 すでに、何が一貫していない部分かを指摘しております。
 分かってないようですから、もう一度、書いておきますと、「こんな国は民主国家ではありません」「統治者は民主的ではない」「そんな政治体制は民主制ではありません」と断じていた投稿者が、最後に「指導者は「民主的ではない」と言っているだけ」と言っている点です。
 そして、このようなすり替えをしておきながら、首尾一貫していると仰っています。またmoriさんに怒られるかもしれないけど、「正気ですか?」と聞きたいですね。

 このような言い回しは、民主主義云々以前に、取り込み詐欺とか契約詐欺に顕著な手口の好例ですね。彼がこの手の語りを常習してきた事を、僕はよく知っているので、あえてここで取り上げてみました。そして、一見しただけだと筋道が通っているように見える投稿が、何故、他の板で反発が多かったかの理由は、まさにこのような詐欺的言い回しに原因があったのではないかと思います。彼の文章を好意的に読む読者は、最初の投稿に含まれる好意的な部分が、最後の投稿にも含まれていれば全体に辻褄の合った文章だと思い込んでしまうでしょうが、そうでない読者は、最初の投稿に含まれる好意的でない意見に対してまず、反論をします。
 ところが、反論に正当性が見えてくると、反論の対象となった意見などあたかも自分には無かったかのように主張し始める。途中で意見を変える事は、特に悪い事ではないのですが、何しろ「思う」という表現方法をボキャブラリーに持たないために、渚さんにはそれが書けないのです。

 断定以外に他の表現方法を知らないという点で、僕は渚さんを「乏しい表現能力」と評価しましたし、自ら過去ログをまとめた上で、自分の主張が首尾一貫していると仰ったのを指して、「論理的でない」と評価します。ま、僕は卑怯者かもしれないですが、この手の詐欺まがいの文章の方が余程卑怯な気がしますがね。これは、感想ですけど。
 

RE:re:やはり、正気じゃないね。その2

 投稿者:渚のバラードメール  投稿日:2006年12月26日(火)00時26分5秒
  >しかし、ヒトラーが如何なる極悪人物だったとしても、制度として公的に残されている国の政治制度を、それが違うと公言する事はできない。むろん、実践されている制度を、独裁だと言って評価する事はできるし、ちっとも民主的じゃなかったという意見を述べる事はできる。それが、評価や意見であるならば、僕はちっとも反対しないし、その通りだと申し上げたでしょう。

1933年から1945年までのドイツ、つまりナチス政権のドイツが民主制でなかったことは「地動説」と同じレベルで真理です。「制度として公的に残されている国の政治制度」は、資料を紐解けばお目にかかれるでしょうが、紙面に残された文字の意味することが絶対なのではなく、あの12年間のドイツが如何なる国だったのかが問題なのです。ナチス党以外の政党が禁止され、議会(と思しき会議体)はあったにせよ、議員は全員ナチス党員か、その同調者だったのですから、そこでの「多数決」など無意味なのです。千差万別の主義主張の集まりの中で激論を交わし、然る後に多数決で議決するのが民主主義であり、反対派を逮捕し強制収容所へ押し込むような国家が民主国家の訳がありません。

>これまで長々と僕が反対意見を出してきたのは「後世の批判でしょ?」と申し上げた文言に、何やら話しのかみ合わないお説を出して、「後世の批判ではない」態度を取ろうとされたからです。

後世の単なる「批判」ではなく、当時のドイツ国内の、また国際的に認められた事実に基づいて「民主制ではなかった」と断じているのです。これは僕だけでなく、物の分かった人なら誰でも同じ見解になります。ドイツへ行って、「ヒトラー時代のドイツが民主国家だった」等という「減らず口」を叩いたら、間違いなく袋叩きでしょう。ネオナチの馬鹿共にしたって、「ナチスが民主主義だと?オメー、何にも分かってねーな。俺達は民主主義なんかにゃ用はねーんだ。おかしなこと言ってると、日本にゃ帰れなくなるぜ」とばかりに凄まれることでしょう。

>他国の政治を評価したり、或いはそれに意見を加える事はできても、公式に出している国家の制度に対し、その事実を勝手に改定したり、その制度を違ったものに断定してしまう事など、たとえ同時代人であってもできないし、また、するべきではない。

繰り返しになりますが、古文書に何が書いてあろうと、実際に行われていたことは非民主的な政治でした。同時代人だろうと、後世の人間だろうと、同時代の現実や、歴史的事実に基づけば、制度の改革を唱え、また異なった認識(≒断定)を公にすることは当然です。フルシチョフの「スターリン批判」などその一例です。

>そして、ご意見がその事実に対するものではなく、後世の一致した評価なのだと紹介する事であるならば、それは評価なのだと、まず認めるべきだと思います。

評価ではなく「事実」であり、世界的に公認された歴史認識です。支離滅裂な男(これもmori夫さん公認ですが)が一人、「天動説」を唱えて顰蹙を買っているに過ぎません。

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